猫びより
【君の名は?】絵本作家 ミロコマチコと4匹の白黒兄弟

【君の名は?】絵本作家 ミロコマチコと4匹の白黒兄弟

(猫びより 2017年7月号 Vol.94より)

  • サムネイル: 猫びより編集部
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デビュー作『オオカミがとぶひ』で、国内で出版された絵本の最高賞とも言われる日本絵本賞大賞をいきなり受賞し大きな話題となった、画家で絵本作家のミロコマチコさん。築45年の一軒家を一部リノベーションし、1階を自宅、2階をアトリエとして使用しているミロコさんのお宅。ここで新進気鋭の人気作家を日々ワクワクさせているのが、ソト&ボウ、テンテン&スイカ頭のダブル白黒兄弟のコンビだ。

ソト

ソト


ボウ

ボウ


テンテン

テンテン


スイカ頭

スイカ頭


「ミロコちゃん、抱っこ」

アトリエにて。テンテンを抱っこしたミロコさんと、机の上はボウ。壁には鉄三を描いた作品が

アトリエにて。テンテンを抱っこしたミロコさんと、机の上はボウ。壁には鉄三を描いた作品が

2階のアトリエにお邪魔すると、奥の部屋でサササーッと小さめ(スイカ頭)と大きめ(ソト)の白黒猫の匍匐(ほふく)前進が目に入り、奥の部屋を覗いてみると、机の下で寝ぼけ眼で迎えてくれたのは、鼻チョビ印の白黒猫、ボウ(5歳)だった。ミロコさんが呼ぶとのっそり出てきて、「ママ、抱っこ」のポーズ。「ボウちゃんは、お客さんの前だと一層甘えん坊になるんだよね」とミロコさんが抱っこしながらあやすと、嬉しそうにミロコさんの首や顔をペロペロ。よくオス猫はメスより甘えん坊と聞くが、人目を憚(はば)からない堂々たる甘えっぷりだ。

手前は「ボンヤリしてるけど我が強い」ボウと、奥は「人見知りで臆病な」ソト

手前は「ボンヤリしてるけど我が強い」ボウと、奥は「人見知りで臆病な」ソト

「うちは男の子しか飼ったことないから女の子は分からないけど、とにかくみんな共通して甘えん坊。描いてる間も順番に甘えに来るので、座ってる間中誰かしらが常に膝に乗ってる状態ですね」とミロコさん。しかし人見知りのソト(5歳)と、まだ来客に慣れていない様子のテンテン&スイカ頭(7ヶ月)は、今日は画材道具や棚の奥からこの様子を耳をそばだてて窺(うかが)っているようだ。

ソトもこの体勢でミロコさんの顎を舐め回すのが大好き

ソトもこの体勢でミロコさんの顎を舐め回すのが大好き

2012年に初めての猫、鉄三を亡くしたミロコさん。1年後に鉄三とのエピソードを綴った自身3作目となる絵本『てつぞうはね』(ブロンズ新社)は、愛猫家の間でも瞬く間に話題を呼んだ。ちなみに名前の由来は灰谷健次郎の児童文学『兎の眼』に出てくる少年「鉄三」から。

「この点々模様は『特殊霊魂だ!』って見た途端に興奮した(笑)」とミロコさん

「この点々模様は『特殊霊魂だ!』って見た途端に興奮した(笑)」とミロコさん

「小学生の鉄三は言葉で表現するのが下手な子なんですね。だからあまり喋らないんだけど、大切な“宝物”をいっぱい持っているんです。ハエの研究に関しては誰にも負けないとか。猫も人の言葉は喋れないけれど、すごく大切なものを持ってるなって思って」とミロコさん。

普段は天真爛漫なテンテン。キョンシーポーズでソトに襲いかかります

普段は天真爛漫なテンテン。キョンシーポーズでソトに襲いかかります(提供・ミロコマチコ)

その鉄三が8歳という若さで亡くなってからは喪失感の余り、何も手に付かない日々が続いた。
「糖尿病で1年ぐらい朝晩インスリン注射を打ちながら闘病したので、暫くは喪失感でぽかーんとしていました。毎日鉄三の遺骨を撫でていたので、骨がそこだけ真っ黒になっちゃったぐらい(苦笑)」。

外房から来た子猫

しかし同時に、何かと「保護猫飼わない?」と声がかかるように。

デスク周りを占拠する4匹。上がソト・ボウ、下がテンテン・スイカ頭

デスク周りを占拠する4匹。上がソト・ボウ、下がテンテン・スイカ頭(提供・ミロコマチコ)

「世の中こんなに困ってる子がいるんやって、びっくりしました。だけどまだ鉄三を亡くして2ヶ月で、とてもそんな気にはなれないって断っていたんですが、原画展に来てくれた人が10年前に亡くした猫の思い出話を泣きながら話す姿を見て、何年経ってもこの悲しみが消えるわけじゃないんやなって思ったんですね。それで、知り合いの絵本作家さんに『いつか』のつもりで、『もし困っている猫が現れたら声かけてください』と伝えたら、なんとその2日後に連絡があったんです。あまりに早すぎる気もしたけれど、『あ、でもこういうことかな』って納得がいきました」

普段から爪先立ちで猫を支えながら描いているというミロコさん。膝のボウは6キロ

普段から爪先立ちで猫を支えながら描いているというミロコさん。膝のボウは6キロ

翌日、都内から千葉県の外房線の駅まで会いに行き、その日のうちに引き取って帰った子猫の兄弟。名前は外房の「ソト」と「ボウ」。本当は仮名で、後から可愛い名前を付けるつもりだったけれど、いつの間にか愛着が湧いた。

鉄三、ソトとボウはね。

アトリエ床には深夜の大運動会の痕跡。10人が走るぐらいの騒音だそう

アトリエ床には深夜の大運動会の痕跡。10人が走るぐらいの騒音だそう

鉄三がいた頃から毎年手作りで作成していたカレンダーがある。小学生が「先生、あのね」と話しかけるように綴られる形式で、鉄三の日々のエピソードが月ごとに紹介されており、前述の絵本や昨年出版された『ねこまみれ帳』(ブロンズ新社)の原型にもなっている。2匹を迎えてからエピソードも2倍になり、そのヤンチャぶりや、てんやわんやの脱走劇は一枚絵では到底伝えきれなくなっていった。

鉢植えも土を掘り返されないように自作のカバーが欠かせません

鉢植えも土を掘り返されないように自作のカバーが欠かせません

「ふたりが来るまで、どうしても鉄三が亡くなった時の印象をずっと引きずってたんですね。ほとんどは楽しかった時間のはずなのに、悲しいことばかりにとらわれてた。でもソトボウを見ていると、元気だった頃の鉄三の思い出も蘇ってきて命が巡ってるというか、始まって終わるのが普通だって当たり前に思えるようになりました。亡くなったことは悲しいけれど、鉄三はちゃんと鉄三の人生を全うしたんだから良かったって思えたんです。そしてまた新しい命が生まれて、それが終わる時も来るっていうのが、ちゃんと呑み込めた感じっていうのかな」

スイカ頭お気に入りの草履。蹴ったりかじり倒してこの有様に

スイカ頭お気に入りの草履。蹴ったりかじり倒してこの有様に

猫、飼っていいんや!

帰り際にホッとしたのか、ようやく窓際に姿を見せてくれたスイカ頭

帰り際にホッとしたのか、ようやく窓際に姿を見せてくれたスイカ頭

そして今年3月。5年ぶりに子猫を迎えたのも思いがけないタイミングだった。「健康診断で再検査になった時に『私死ぬかも』って思ったんです。常に大袈裟なんですよね。ソトボウともお別れかもしれないって泣いたりして(笑)。結果『異常なし』と出た時に、『私、猫飼っていいんや! これからも責任を果たせる!』って思ったらウキウキして、今まで見ないように我慢していた里親募集サイトを見ちゃったんです」

猫、飼っていいんや!


トップページにいたのは、これまた「ソトボウと、とても他猫(たにん)とは思えない」白黒兄弟。しかも、鼻の両横の点々模様はミロコさんが「大好き過ぎて」と興奮気味に語る『幽幻道士(キョンシーズ)』(80年代後半に大流行した中国版ゾンビが登場する映画シリーズ)に出てくる「特殊霊魂」のメイクそっくり。

こちらが日々の猫との暮らしを収めた短冊タイプのカレンダー

こちらが日々の猫との暮らしを収めた短冊タイプのカレンダー

一気に箍(たが)が外れ、即座に保護主さんに連絡して、マスク柄の兄弟も一緒に引き取ることに。もちろん名前は、見た目と、『幽幻道士』の登場人物にちなみ、「テンテン」と「スイカ頭」に。ソトボウたちとも似た者同士なせいか、1週間で折り合いもついた。「兄弟同士っていうのが、どっちにもちゃんと仲の良い頼れる相手がいる上で距離を詰めていけて良かったみたい」とミロコさん。

一時保護していた迷子猫の「いこちゃん」こと「チョビちゃん」を描いた作品

一時保護していた迷子猫の「いこちゃん」こと「チョビちゃん」を描いた作品

テンテンたちの保護主さんとも嬉しいやりとりがあった。
「その方も何年か前に猫を亡くして、特定の子はもう飼えないと思っていたらしいんですが、自己紹介代わりに手渡した『てつぞうはね』を読んで涙が止まらず、『そろそろ私も迎えていいのかもと思えた』といって、保護活動の傍らご自分の猫を迎えたと報告をもらいました」

自由でいいんや

「猫は見てるだけで幸せ。4匹になってその幸せが増えました。関係性も面白くて『あ、今日はそっちと寝るんや』とか、『初めて優しくしてあげたね』とか、それはそれは面白いものを毎日見てるって感じ」と語る。

「それに、うらやましいんですね。猫を見てると、案外自分は色んなことを我慢して生きてるなって気づかされる。ボウちゃんの『今は眠いからどきません』っていう主張や、スイちゃんが皆ご飯食べてる時にひとりで草履と格闘してる姿を見てると、ほんとはそうしていいんだなって思う。人間は気を遣ったりしないと生きづらいのもあるけれど、嫌なものは嫌、好きなものは好きって言っていいんやって」

現在鉄三は1階の家族団らんに加われるリビングの棚に安置されている

現在鉄三は1階の家族団らんに加われるリビングの棚に安置されている

根底にある憧れ

「絵だけ見ると、よく野生児のような大胆な人と誤解されるけれど、私自身はむしろ真逆で、小さい頃から神経質で引っ込み思案。心配性なので旅行にも荷物が多い方です(笑)。だけど不思議と絵を描く時だけは大胆になれるんですよね。汚れることも気にしないし、他だとためらうようなことも、絵だとやっちゃえ! ってできる」

子どもたちや障がいのある人たちとのワークショップを大切にしているのも「人のためというより自分のため。先入観を持たず、ひたすら素直に楽しんだり、やりたいことをちゃんと主張するみんなの姿を見てると、溜まったモヤモヤが解消されて私も一緒に頭が柔らかくなるんです」。

ベランダは外猫もよく見える人気のスポット。周囲は脱走防止のネットが張り巡らされている

ベランダは外猫もよく見える人気のスポット。周囲は脱走防止のネットが張り巡らされている

ミロコさんが描き出す動植物にもその根底に「憧れ」がある。
「生き物はあれこれ抱えず、ただシンプルに生きる姿がカッコいい。最初は単に形状に興味があったけれど、今はそこに憧れがあるから描きたいと思いますね」。

以前は「動いている君たちよりもカッコよく描けない」という理由で、猫を描くのはためらっていたというが、今は楽しくて仕方がない。今年でカレンダーも8冊目。
鉄三、テンテンとスイカ頭はね……。報告したいエピソードは4倍に膨れ上がっている。

Machiko Miroco

Machiko Miroco


Machiko Miroco
画家・絵本作家。1981年大阪府生まれ。2012年、『オオカミがとぶひ』(イースト・プレス)で絵本デビュー。同作で第18回日本絵本賞大賞を受賞後、『ぼくのふとんはうみでできている』(あかね書房)、『てつぞうはね』(ブロンズ新社)と3作連続で絵本賞を受賞するなど、新進気鋭の絵本作家として国内外から高い評価と注目を集めている。子どもを対象としたワークショップにも力を注ぐ。最新作は『けもののにおいがしてきたぞ』(岩崎書店) 。
http://www.mirocomachiko.com

文・高橋美樹 写真・安海関二

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