ライター・写真家の佐竹茉莉子さんの新刊『猫だって……。』が12月7日に発売されました。フェリシモ猫部で好評連載中の「道ばた猫日記」に登場している人気猫たちが多数登場。今回は、全22話のエピソードの中から、本企画にぴったりの3匹のエピソードをちょっぴりご紹介いたします。ふつうの猫たちのとっておきの愛情物語に、ぜひ耳を傾けてみて下さい。
猫だって、十猫十色
珈琲豆店の小太朗くんとチャイくんは保護猫同士。冷静沈着な兄貴分とやんちゃな弟分。いいコンビです。
小太朗(左)とチャイ。夕暮れの窓辺で
ボク、チャイ。母さんは、「ヤギコヤ」っていう小さな珈琲豆店をやってるんだ。小太朗兄ちゃんとお店の2階に住んでるんだけど、猫好きのお客さんが来た時は、母さんに呼ばれて降りてくの。
「きれいな猫さん」「物静かで賢そう」って言われるのは、小太朗兄ちゃん。ボクは「どうしてお目目がそんなにピカピカなの」「いつまでも仔猫みたいだね」って言われる。お兄ちゃんが5歳で僕は4歳。1歳しか違わないのに。
小太朗「今日はどの豆にしましょうか」
ボクは店内をチョロチョロしちゃうけど、お兄ちゃんは「いらっしゃいませ」って胸を張って、そりゃあ風格があるんだ。
ボク、産業廃棄物を処理するとこで生きのびてたノラ母さんから生まれたの。真夏のある日、母さんはボクのこと、「イクジホウキ」してどっかに行っちゃった。でも、母さんは母さんで、きっと生きるのが精いっぱいだったんだ。
かくれんぼが大好きな童顔チャイくん
ボクを助けてくれたのが、そこで働く父さん。病院預かりから数日後に連れて帰ってもらったおうちに、小太朗兄ちゃんがいたの。
兄ちゃんは、後ろ左足が、固まったままぴょーんと伸びてるの。ちっちゃい時に交通事故に遭って、動物病院に保護されたんだ。父さんにも左足の障がいがあるから、母さんは「うちにくる運命の子なのかも」って思って引き取ったんだって。
小太朗兄ちゃんは、仔猫の時から聞きわけがよくてすごく落ちついてたらしいけど、ボクは、正反対。「店内で放牧したら、どうなるかわからない」ほどじっとしてなくて、母さんは、「よそにあげちゃおうとまで思った」って、笑いながら苦労話をすることもあるよ。
兄貴愛こめて、念入りな毛づくろい
今もお客さんにこう話してる。「同じ猫でもこうも違うのね」
小太朗兄ちゃんは、そんなボクを大きく包み込んでくれた。新しいおもちゃは先に遊ばせてくれるし、「まあ、落ちつけよ」って毛づくろいもしてくれる。
なじみのお客さんが言ってた。「チャイくんはまだまだ生豆。小太朗くんのように香ばしい珈琲豆になるには、もうちょっとね」
ボクの夢は、小太朗兄ちゃんとふたり並んでお客さんを迎え、「わあ、カッコイイ猫たち!」って言われることなんだ。
小太朗兄ちゃんは耳元でこう言うけど。
「チャイ、お前はお前のままで、兄ちゃんはいいと思うよ」って。
豆工房 Coffee Roast yagi-coya
千葉県木更津市請西東1-1-1
営業時間:10:00~19:00(水・日曜、祝日、年末年始休)※臨時休業あり
Facebook:https://www.facebook.com/yagi.coya
猫だって……やさしい人のそばがいい
町の人にかわいがられ、外猫として頑張っていたミケちゃん。ある嵐の夜、朝までそばにいてくれたのは、やすらぎさんでした。
アタシの名は、ミケ。やすらぎさんがつけてくれたの。
「穏やかないいお顔してるね」ですって? ふふ、アタシ、今、やすらぎさんにスペシャルマッサージをしてもらってる最中だもの。
やすらぎさんと出会ったのは5年前のアタシがまだ1歳くらいの時。公園を住処(すみか)にして、ご飯をくれる美容室まで毎日通ってた。その手前の角にある「鍼灸(しんきゅう)・マッサージ やすらぎ治療室」というのがやすらぎさんのお店。ガラス越しにいつも見るその男の人の目はとってもやさしかった。
マッサージされてウトウト
今、やすらぎさんはこう言うの。「いつも恥ずかしそうにのぞいていたね。まだ幼顔なのに、外で生きるさびしさや哀しみを知った目をしてた」
アタシ、生まれつき、後ろの右足がないの。「うわぁ、あの猫、足がない!」「可哀そうな猫だなあ」そんな言葉を投げかけられるのは、しょっちゅうだった。走るのも速いし、ふつうの猫と変わらないのに……。
やすらぎさんの目には「哀れみ」なんてなかったわ。「味方だよ」って、その目は言ってた。
朝、やすらぎさんがお店にやってくる自転車の音が聞こえると、アタシは通りの向こうから、ノウサギのように駆けつけたわ。そのうち、天気の悪い日は、お店の中に入れてくれるようになったの。屋根の下はあったかかった! でも、閉店時間になると、「ごめんね」って、お外に出されたの。
哀しそうな目で店の中をのぞいていたノラ時代(撮影・やすらぎ治療室)
「おうちでは飼えない事情があるし、店猫にできたとしても、ずっとお外で暮らしてたミケちゃんは、お店にひとりでお泊りなんてできないよね」
おうちに帰っても、外に出す時のアタシの哀しそうな目が忘れられないって、やすらぎさんは、アタシのために朝5時にお店に来てくれるようになったわ。
そして、やすらぎさんは、アタシの里親探しをはじめることにした。やすらぎさんのそばがいい! って伝えたかったけど、困らせたくなくて、ただじっとやすらぎさんを見上げてた。
アタシは、里親探しの前に、避妊手術を受けることになったの。やすらぎさんが毎日発信してる「ミケちゃん」っていうツイッターを見てる人たちが、カンパを送ってくれたわ。
手術して間もない嵐の夜、自転車置き場の隅っこでじっとうずくまるアタシを見て、やすらぎさんは涙を流しながらそっと抱き上げ、お店まで連れてって朝までいっしょにいてくれたの。嵐の夜を外でひとりぼっちで過ごさなければいけないことに、胸が締めつけられたんだって。
はち切れる笑顔で朝のお出迎え(撮影・やすらぎ治療室)
そしてこんどは、凍えるような寒さでどうしてもお外に出たくない夜が来たの。やすらぎさんは、とっても心配しながらも、思い切ってアタシだけでお店に泊まらせてみてくれた。
次の朝、とってもいい子でお泊りしたアタシは、飛んできたやすらぎさんをとびっきりの笑顔で迎えたの。そして、やすらぎさんは決めたの! アタシを一生しあわせにするって。
店猫になったアタシは個室までもらっちゃったの。やすらぎさんが専任のマッサージ師とシェフもしてくれてる。夕方の散歩に出てもすぐに帰ってきちゃうくらい、アタシ、ここが気に入ってるの。
きょうも、アタシ、やすらぎさんをドアの前で迎えるの。
ほら、こんなとびっきりの笑顔で。
やすらぎ治療室
千葉県市川市行徳駅前1-12-2 TEL 047-357-3393
営業時間:10:00~20:00(木曜、第1・3水曜休)
http://www.yasuragi.link
Twitter:@ojm52811
『猫だって……。』
猫だって、十猫十色 猫だって、初恋の彼をわすれない
猫だって、愛をつないで生きていく
著:佐竹茉莉子
定価:1,200円+税
辰巳出版
フェリシモ猫部で毎週連載の人気ブログ「道ばた猫日記」に登場し、反響を呼んだ個性派猫たちを中心に、それぞれの猫生(じんせい)・暮らし・生い立ちを猫目線で綴る22の愛情物語。『しあわせになった猫 しあわせをくれた猫』(小社刊)に続く、待望の第2弾!
フェリシモ猫部 http://www.nekobu.com
文・写真 佐竹茉莉子
Mariko Satake
フリーランスのライター・写真家。路地や漁村、取材先の町々で出会った猫たちのしたたかけなげな物語を写真と文で伝えるべく、小さな写真展を各地で開催中。生まれた時からいつもそばに猫がいた。フェリシモ猫部にてブログ「道ばた猫日記」を連載中。