【猫びより】沖縄猫の幸せのために(辰巳出版)
「なんくるないさー」。沖縄の方言で「くじけずに正しい道を歩むべく努力すれば、いつか良い日が来る」という意味。沖縄猫の幸せを願うひとりの女性が、県内の犬猫殺処分ゼロを目指し、知る・考えるきっかけ作りを目的とした啓発活動に奮闘しています。(猫びより 2018年9月号 vol.101より)
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私にもできることがある
沖縄・那覇最大のまちぐゎー(商店街)で、猫のタトゥーを持つ一風変わった啓発活動家に出逢いました。動物愛護団体「TSUNAGU OKINAWA」「琉球わんにゃんゆいまーる」代表の畑井モト子さん(38歳)は、彫師の見習い時代の名前「彫はち」から、親しみを込めて「ハチさん」と呼ばれています。
13年前、大阪で保護した猫・にゃん太も応援。ここで『つなぐマガジン』が生まれる
私が沖縄で看板猫の取材をしていた時いろいろなお店で見かけた、猫が表紙のフリーペーパー『つなぐマガジン』の制作をしているのがハチさん。そこに書かれた沖縄の犬猫の状況は、年間の殺処分数が15,000頭(平成20年当時)と想像以上に深刻なものでした。沖縄県は1年を通じて気温が高く、真冬でも10度以下になることはめったにありません。そのせいもあり、爆発的に頭数が増えるのでしょう。
奈良県出身で大阪から8年前に移住したハチさんは、沖縄猫の殺処分や虐待、交通事故などの現状を知って驚き、自分にも何かできることはないか模索しつづけていました。
5年前、意を決したハチさんはNPO助成金を得て、命の大切さをテーマにした映画『みんな生きている~飼い主のいない猫と暮らして~』の上映会を開催、犬猫を取り巻く現状を知る、考えるきっかけ作りを目的としたフリーペーパー『つなぐマガジン』を創刊、寄付金を集めるための缶バッジの制作も始めました。デザイン会社に勤務していたので冊子のデザインはお手のもの。特技を活かした活動の始まりでした。
人と動物、未来を繋ぐ『つなぐマガジン』は沖縄の多くの店舗に設置されている
さらに動物愛護団体「琉球わんにゃんゆいまーる」に加入。「ゆいまーる」は沖縄の言葉で「助け合い」。それまでバラバラに活動していた4つの愛護団体が力を合わせることになりました。
5匹の保護猫と暮らすハチさん。沖縄出身のコモちゃんは食いしん坊
取材中、ハチさんと一緒に商店街のアーケードを歩いていると「昨日、ラジオ聞いたよ!」「新聞の記事読んだよ!」「お菓子あげましょねー、ちばりよー!(頑張って)」と次々に声を掛けられました。地域の人とのコミュニケーションが取れていて、みんな彼女に期待しているのがわかります。特に「おばあ」には人気で、道すがら食べ物をいただくことも多いそう。「まるで私が地域猫みたい」と笑います。
楽しく参加!「つなぐフェス」
ハチさんは、殺処分の現状をひとりでも多くの人に知ってもらう、考えてもらうきっかけを作ろうと、年に2回、「つなぐフェス」というイベントを開催しています。来場者も気軽に動物愛護活動に参加できる、誰もが楽しいイベントを、とハチさんが企画しました。
「つなぐフェス」へようこそ。動物たちを想う笑顔で溢れた1日に!
去る4月15日、あいにくの小雨にもかかわらず、牧志公設市場近くの「にぎわい広場」には多くの人が集まりました。那覇市長、那覇市環境衛生課、地域包括支援センターの方々も応援と現状の説明に駆けつけました。
特に、動物愛護団体が引き取ったり、さまざまな事情でレスキューされた犬猫の「譲渡会コーナー」は来場者の関心が高く、ケージの周りは人だかり。この日、1年間譲渡先が決まらなかった猫「ぽんちょ君」のトライアルが決まりました(先日、めでたく正式な里親譲渡が決まったそうです!)。
1年越し、遂にトライアルが決まったぽんちょ君。よかったね! と涙ぐむ
また、イベントでは賛同する飲食店や雑貨店など40店舗が参加しました。出店料は寄付金に充てられます。
サンドウィッチや、ベトナム料理に韓国料理、キッシュにヴィーガンお菓子、チュロスなどが並ぶ。目移りするにゃ~
沖縄の精霊・キジムナーが棲むといわれるガジュマルの木の下で。掘り出し物が見つかりそう
食いしん坊&呑兵衛の私は協賛のヘリオス酒造のビール「ゴーヤDRY」をゴクゴク。飲めば飲むほど寄付ができるとは嬉しいものです。そして、どのお店の食べ物も美味しくて全制覇しようと頑張りました。雑貨店ではお洒落な服とサングラスをゲット。お店によって、売り上げの一部、または全額寄付の表示があります。
この日は372,642円の寄付金が集まり、後日4つの動物愛護団体に分配されました。
「つなぐフェス」にて。TNRの際の手動式捕獲器の説明に、多くの人が関心&感心
昨年、FUJI ROCK FESTIVALへの出演を果たした大人気のアーティスト「むぎ」(中央)も応援に
本物の「ちゅーばー」
翌日、イベントの譲渡会に参加していた「おきなわワンニャンの会ミュウ」の代表、國吉麗子さん(76歳)のお宅にハチさんが案内してくれました。近くの大きな公園で猫の虐待があるので、見守りをしている國吉さん。パトロールを終えて夜遅くの帰宅、頭が下がります。
やさしくて強い“ちゅーばー”國吉さんと今日も猫談義
ボランティアの女性10名を率いる國吉さんは、60歳から活動を始めたそうです。現在、自宅1階のスペースを高齢猫・病気の猫を含め25頭の保護猫と1頭の保護犬の部屋にしています。手作りのキャットウォークなど工夫のある部屋で大切にされている猫たちを見ると、心が和みます。
國吉さんのお宅の1階は全て猫部屋。贅沢な手作りスペース
里親募集、TNR活動(※)、野良猫・捨て猫問題解消のための活動、行政への陳情に奔走……沖縄の女性たちは強い。ひとりで動物虐待の現場を戒める國吉さんの姿を知るハチさんは、彼女のことを本物の「ちゅーばー」(沖縄の方言で勇気ある強い人)だと言います。
※ TNR = 飼い主のいない猫を捕獲(Trap)、避妊去勢手術(Neuter)、元の場所に戻す(Return)、地域猫活動。
沖縄のさくら猫
澄んだ空と海、色彩美しい沖縄の景色の中で生きる猫。沖縄に猫の撮影に行って、天国のような風景だと感じることがあります。しかし、沖縄県の犬猫殺処分の数はいつも全国ワースト上位という現実。
ハチさんら「琉球わんにゃんゆいまーる」は、どうぶつ基金との協働事業で「すんどぉー!沖縄さくらねこTNRプロジェクト」を立ち上げました。一昨年は674頭、昨年度は行政機関との協働も加えて沖縄県内で約800頭の飼い主のいない猫の避妊去勢手術を実施し、さくら猫(手術済の印に猫耳の先っぽを桜の花びらのようにカットした猫)が誕生しました。
沖縄の美しい風景の中、さくら猫が着々と増えている
行政、地域、ボランティアの三者協働は、地域の課題として次第に認識されていく取り組みとなるでしょう。
さらにハチさんは先日、行政主体による避妊去勢手術の取り組み強化を求める請願書を県議会に提出。
県の発表では、年々殺処分数は激減していますが、それは保健所が無責任な飼い主や業者からの動物の引取りを拒否できるようになったという背景があり、各市町村に寄せられる野良猫の苦情件数は増えているのです。その対策を訴え、人と猫が幸せに共生できる社会をめざして、声を上げつづけていくと言います。
人との繋がりあってこそ
今春、もっと自由に時間を使えるようにと、ハチさんは会社を辞めてフリーのデザイナーになりました。沖縄に移住してきた頃、人との間に自ら壁を作り心が荒んでいたというハチさん。ところが、猫の活動を始めたことによってたくさんの出逢いがあり、相手のことを思いやるように話すうち、どんどん自分が変わっていったといいます。
今では人と人を繋げる役割を担うようになったハチさんは笑顔で語ります。「今の自分があるのは猫のお陰。だから、猫にちゃんと恩返ししなくっちゃね」。
文・写真 芳澤ルミ子