猫びより
【猫びより】【赤ひげ先生インタビュー】亀田博之(辰巳出版)

【猫びより】【赤ひげ先生インタビュー】亀田博之(辰巳出版)

(猫びより 2019年7月号 Vol.106より)

  • サムネイル: 猫びより編集部
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本院・分院・地方出張で年間2500頭以上の不妊手術

「ふー動物病院」(神奈川県相模原市)は、「お家のない猫」のための不妊手術・TNR専門動物病院。院長の亀田博之先生は、基本的に月曜日と水曜日に、病院(本院)でボランティアさんや個人の方が連れてくる猫の不妊手術を行い、他の日は群馬にある分院や地方に出かけ、出張手術を行っている。

本院の場所は、心無い人による動物遺棄を防止するためホームページ上でも詳しい場所は開示していない。受診を希望する場合は、電話連絡で詳しい場所を教えるルールになっている。

やさしい笑顔の亀田先生とジロー

やさしい笑顔の亀田先生とジロー

最寄駅から徒歩約10分の住宅地にある病院は、ごく普通の民家で、看板もない。ガラガラ~っと引き戸を開けると、正面の部屋には診察台が一つあり、右隣の部屋が手術室。入り口のケージの中には猫がいて、亀田先生が抱き上げたのが、黒い長毛猫の「ジロー」(年齢不詳♂)だ。

「ジロー君は千葉県内の地域猫ボランティアさんがお世話していた猫で、肝機能が悪く、一時期は投薬治療をしていました。でも最近、病状が進み、黄疸も強くなり、地域猫のボランティアさんと相談し、残された余生を当院で暮らすことにしました。ジロー君のように人に慣れている猫の場合、このような形で最期を迎えることもありますが、慣れない子はボランティアさんが見守りながら、その地域で最期を迎えることもありますね」

そんな話をしているうちに、一人の男性がやってきた。今日手術予定の猫たちを搬送してきた保護団体「清川しっぽ村」(神奈川県愛甲郡)代表の吉島崇憲さんだ。これから表に停めた車から、手分けして28頭の猫を院内に運び入れる。

清川しっぽ村の吉島さんが手際よく猫たちを院内へ運ぶ

清川しっぽ村の吉島さんが手際よく猫たちを院内へ運ぶ

猫たちを乗せた車は、ユニークで愛らしい猫型バス。吉島さんによると、ある業者さんが、「動物のためなら」と無償で提供してくれた車で、元は幼稚園バスのデモカー。車内は、動物運搬仕様に改造され、無駄なく捕獲機が並べられるようになっている。

清川しっぽ村の猫型バス

清川しっぽ村の猫型バス

「今日手術を受けた猫たちは、一晩入院して、明日の朝、迎えにきます。今日は病院に搬送しましたが、80頭以上の場合は、獣医さんを乗せた移動診療車で現地に向かって手術することもあります」と吉島さん。

ペットシーツを敷き詰めた部屋に手際よく運ばれた猫たちは、ニャーニャーの大合唱。よく鳴く子は、餌やりさんに慣れている子で、その中の首輪をつけた猫は「飼い主に遺棄された子」だという。

この日手術を受ける28頭の猫たちがズラリ

この日手術を受ける28頭の猫たちがズラリ

順番に捕獲機の外から麻酔が打たれた猫たちは、眠ったところで手術室へ。手術が済むと、オスは右、メスは左耳の先をV字にカットを施し、3種混合ワクチン、抗生物質の注射、ノミダニ駆除の投薬をして終了。

V字カットは、不妊手術が済んでいる印だが「譲渡されることもあるので、かわいくカットします」と亀田先生はにっこり。また、出産後間もない猫は授乳があるため、その日のうちに元の場所に戻し、数ヶ月後にボランティアさんが子猫を連れてきて、不妊手術をすることもあるそうだ。

耳カットは不妊手術済みのマーク

耳カットは不妊手術済みのマーク

こうして年間、出張を含めた手術件数は2500~3000頭。主な出張先は、群馬、山梨、千葉、伊豆大島、遠くは高知県の土佐清水市まで足を伸ばすこともある。

動物愛護センターでの経験がTNR活動への道筋を開く

亀田先生は、大学を卒業後、一般の動物病院で臨床に就いたあと、動物愛護センターに勤務。

「動物愛護センターでは、持ち込まれた動物の治療をするほかに、『隣の犬の鳴き声がうるさい』『野良猫が庭に入ってきて困る』といった市民から寄せられた苦情の対応など、さまざまな業務を行いました。働くきっかけは、『獣医師ができるさまざまな仕事を経験したい』という思いからでしたが、センターでは、動物が好きで獣医師になった私にとっては、受け入れがたい現実に直面することも多く、一方で、身を削って愛護活動を行うボランティアさんに触れ、『この人たちの原動力は何だろう?』と考えさせられることもありました。そうした中で『動物を救うために私ができることは何か?』と考え、辿り着いたのがTNR専門の獣医師でした」

それからTNRを行っている獣医師のもとで研修した亀田先生は、2015年「ふー動物病院」を開院、今年で4年目になる。

「一般の動物病院で診る猫の多くは恵まれた環境にいる子ですが、TNRで関わる子たちは、飼い主やブリーダーに遺棄された子、多頭飼育崩壊により劣悪な環境で暮らす子、奇形や感染症などの病気、ケガに苦しむ子など、つらい状況の中を生きている猫たちです。その子たちと関わるたびに見えてくるのが、この状況を生み出した人間の無責任さ、身勝手さです。TNR活動では、いやおうなくそうした現実に直面することが多いものですが、『一割のいいこと』もあります」

それはTNRで関わった猫が、責任感ある人に譲渡されることはもちろん、ハンディのある猫が引き取られたり、幸せに暮らしていること。

「以前、トラばさみ(法律では禁止されている罠)で後ろ足を失い衰弱した猫が保護され、手術で一命を取り留めました。のちに里親を名乗り出た人がその子を引き取り、今では前足だけで家の中を走り回りながら、幸せに暮らしています。

また、腎臓が片方ないことがわかった猫が、『障害があるならぜひわが家に迎えたい』という方に譲渡されるなど、TNRをやっているからこそ遭遇する『人の優しさ』があります。心が痛むことも多い中、実はこれが、私の仕事の活力になっているのかもしれません」

TNRが遅れている地域にも広めていきたい

現在も、時間の許す限り1頭でも多くの猫の不妊手術を続ける亀田先生だが、今後も多くの人に「『多頭飼育崩壊で、不妊手術を受けさせたい』『手術を受けさせたいが、どうしていいのかわからない』『近くに動物病院がない』『手術費用が高くて、たくさんは無理』など、困っていることがあれば相談していただき、できることを提供していきたい」と話す。

猫のために奔走する亀田先生は、1匹でも多くの猫の幸せを願う

猫のために奔走する亀田先生は、1匹でも多くの猫の幸せを願う

もちろん相談内容によってはできないこともあるが、「私が手術に行けなくても、相談元の近くの地域でTNRを行っている獣医師がいれば紹介したり、猫を保護して不妊手術につなげるための手順や、公的あるいは愛護団体などが用意する助成金制度について教えるなど、どんな小さなことでも提供していきたいです。草の根的ではありますが、TNRが進まず困っている地域にも活動を広げ、ゆくゆくは日本全国に浸透させ、少しでも不幸な猫を減らしていきたいと思います。困っている方やボランティア団体さんは、ぜひ気軽にご相談ください」。

※TNR…T(Trap:捕獲機で捕獲すること) N(Neuter:不妊手術) R(Return:元の場所に戻し、適切な管理のもと一代限りの命を見守ること)

ふー動物病院 本院

神奈川県相模原市中央区相模原
TEL 070-3527-3593
※動物遺棄を防ぐため、まずはお電話でお問合せください
http://fu-ah.com

一般社団法人 清川しっぽ村運営委員会

TEL 046-281-7457
E-mail:shippomura2013@gmail.com
https://shippomura.com

Hiroyuki Kameda
1984年生まれ。2010年、日本獣医生命科学大学卒業。
小動物臨床、高崎市動物愛護センターに携わり、2015年ふー動物病院開業。

取材・文 西宮三代
写真 平山法行

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