猫びより
【猫びより】【特集 令和の猫助け】動物を生かすための施設 神奈川県動物愛護センター(辰巳出版)

【猫びより】【特集 令和の猫助け】動物を生かすための施設 神奈川県動物愛護センター(辰巳出版)

「動物愛護センター」と聞くと、捨てられた犬や猫を引き取り、殺処分する場所だとイメージすることが多いのではないだろうか。ここも、過去にはそうだった。でも現在は、保護動物は手厚く丁寧に愛護され、穏やかな顔で新しい飼い主を待つ施設になっている。(猫びより 2019年9月号 Vol.107より)

  • サムネイル: 猫びより編集部
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これからの動物愛護センターは暗い場所ではない。明るく未来を模索する「拠点」だ。

猫びより 2019年7月号でもご紹介した神奈川県動物愛護センターの新施設が、去る6月1日にオープンした。

「動物の命を守りたい」と望む多くの人々の寄付のおかげもあり、「特に猫たちにとってはパラダイスのような空間ができました」と、愛護・指導課課長で獣医師の上條光喜さんは語る。
老朽化した旧施設の狭い空間では不可能だった「日向ぼっこをする猫」や「キャットタワーやキャットウォークに跳び上がる猫」などの姿が見られるようになったのだ。

「疲れると、猫たちに癒やされに『toletta NYANルーム』にきます」

上條課長(左)と猫担当の中谷さん(右)。
「疲れると、猫たちに癒やされに『toletta NYANルーム』にきます」

ここで暮らす猫たちは、飼育放棄されたり傷を負ったりして保護された猫ばかり。当初は、病気や人間不信などの闇を抱えている。そんな猫たちであるはずなのに、猫の部屋を覗くと、ガラス越しに寄ってきてくれるほど人懐っこい。いま、心身ともに猫たちが健やかに過ごせているのは、猫担当の中谷純子さんをはじめ職員の方々が、1匹1匹愛情を注いでお世話をしているからだろう。

動物が、より自由に過ごせる配慮 人々が、動物を理解しやすい設計

「ここは本当に動物愛護センターなのか!?」と思わず感嘆の声が漏れてしまう。

広く明るく清潔で機能的。獣医師である職員が設計に携わっただけあって、そこここに動物のためのきめ細かい配慮がなされている新施設は動線が合理的だ。

ガラス張りの「toletta NYANルーム」

ガラス張りの「toletta NYANルーム」。
クッションが動いたと思ったら中に猫が!

保護動物を受け入れると、まず1階フロアの動物種ごとに分かれた専用の部屋に隔離して健康状態をチェック。ケガや病気があれば治療し、感染症の検査を行う。保護猫は予防接種やのみとり、マイクロチップ挿入などを行う。検疫期間を経て、健康と安全が確認できた後、動物は2階に移す。2階フロアは動物たちが新しい飼い主との出会いを待ちながら生活する場所だ。

2階は窓いっぱいで、自然光がふんだんに降り注ぐ。2階全体を外側からぐるりと一周できる見学バルコニーが設けられていて、事前予約なしでも受付をすれば見学できる。

ガラス越しに猫とコミュニケーションもできる

ガラス越しに猫とコミュニケーションもできる

まず、階段を上った先にある「toletta NYANルーム」を覗こう。ここにはキャットウォークや大きな爪とぎ、猫ちぐら、ローテーブルやクッションも置かれていて、自宅に猫を迎えた生活の様子がシミュレーションできる。

扉に近づくと、早速この部屋の住人の保護猫が「お出迎え」してくれた。この部屋は、外から眺めるのはもちろん、中に入って実際に猫とふれ合うことができるので、ぜひ体験してみよう。

保護猫がじつにのんびりと

次に、見学バルコニーに沿って並んでいる「猫室」へ向かおう。全面ガラス張りの窓から、眠ったり遊んだりして思い思いにくつろいでいる猫たちの姿を見ることができる。

運動スペースも確保された明るい「猫室」

運動スペースも確保された明るい「猫室」

「部屋割りはそれぞれの健康状態や相性などを見ながら決めます。旧施設ではケージの外に猫を出すことはほとんどできませんでしたが、ここでは日中は自由に歩き回れるようになりました」と上條課長。
「四肢麻痺でほとんど歩くこともできなかった猫が、ここに来たらタワーに登ったり降りたりできるようになったんですよ」と中谷さん。

脱臭ダクトを張り巡らし、臭い対策や換気も万全

脱臭ダクトを張り巡らし、臭い対策や換気も万全

歩き回れる空間をはじめ、天井も天窓なので外光が入る。暑くなったら紗で光を遮ることも自在で、脱走防止用の格子パネルも設置。太い脱臭ダクトが何本も通っていて臭い対策も万全だし、じつに衛生的である。

この施設が「いらなくなる」のが理想

一周して見学した後、「ふれあい譲渡ルーム」へ。保護動物と譲り受けを希望する人がお見合いをする部屋だ。職員との面談に加え、希望の猫と一緒の空間で時間を過ごすことができる。
「ここにはなるべくご家族全員で来て、実際にふれ合ってみてほしいです。一人でも反対の方がいたら動物との生活はうまくいかないので、全員の合意をお願いします」と上條課長。

「ふれあい譲渡ルーム」で猫とお見合い。

「ふれあい譲渡ルーム」で猫とお見合い。
「終生お世話ができるか、よく検討してください」

また、「グルーミング室」では猫のシャンプーも見学。熟練の技能員の作業は丁寧かつ的確で勉強になる。普段は専門のボランティアがトリミングなどを行う様子が外から見学できるほか、子どもたちに犬のシャンプー体験もしてもらう予定だ。

グルーミング室でシャンプーから耳掃除まで。

グルーミング室でシャンプーから耳掃除まで。
「保護当時と比べて、ずいぶんキレイになってきたね」

見学者の中には「こんなに理想的な環境で至れり尽くせりなら、ここで育ててもらったほうがいいくらい」などと言う人もいるが、それは本末転倒。
「動物が家庭で終生愛され、施設がいらなくなるのが理想なのです」と上條課長。そのために神奈川県は努力を続けている。

ボランティアとの信頼関係による「協働」

猫びより 2019年7月号でもご紹介したように、神奈川県では早くから不妊手術の実施や啓蒙活動などを推進してきた。長年の努力の積み重ねが、結果的に現在、殺処分ゼロにつながっている。これには多くの協力が不可欠だ。

「ねえねえ、新しい飼い主になってくれる?」

「ねえねえ、新しい飼い主になってくれる?」

現在、神奈川県動物愛護センターの登録ボランティアは80近くもあり、譲渡関係、トリミング関係、愛護啓発関係と、それぞれ得意分野のできる範囲での協力を得ている。
「方法論などに違いはありますが、『動物を生かす』という目標は皆、同じ。協力体制を築き、連携を図って『協働』で動物の命を守っていきたいです」と上條課長は語る。

時間をかけて緊密なコミュニケーションを継続し、ボランティアとの信頼関係をさらに深めていく。新施設での動物愛護センター主催の譲渡会のほか、管轄の市町村の協力を得てさまざまな場所での週末の譲渡会の開催についても支援している。

保護猫には名前をつけて個性を把握し、譲渡に向ける

名前をつけたときから、保護猫は「ただの猫」ではなくなる。愛情を注いで世話した猫は、貰い手もつきやすい。人が近寄っても隠れたり威嚇したりすることがないよう、中谷さんをはじめ職員が時間をかけて警戒心を解いていった成果だ。

猫の健康状態などで気になることがあれば、「猫室」前のボードにメモで連絡

猫の健康状態などで気になることがあれば、「猫室」前のボードにメモで連絡

譲渡会で出会いがあり、新しい飼い主が見つかれば、猫には自分の家ができる。どんなに動物愛護センターの環境がよくても、ここはいわば寄宿舎のようなもの。いずれは巣立っていってほしい。

「ただ、うちは譲渡の条件が厳しいです。まず飼養前講習会を受けていただき、次に個別面接、最後に譲渡と、3回来ていただきます。ここにいる保護動物は一度飼い主を失いました。だからこそ、最期まで寄り添ってくださる方を待っているのです」。

「toletta NYANルーム」ではまるで自宅で猫とふれ合っているような体験ができる

「toletta NYANルーム」ではまるで自宅で猫とふれ合っているような体験ができる

動物の保護や譲渡活動とともに、正しい飼い方の講習会なども実施。
「ここの『卒業生』を連れて、飼い主さんが講演に来てくださることもありますよ」。

新施設は順調に稼働しているが、建物が新しくなれば問題がすべて解決するわけではない。どうしたらより多くの動物の命を守り、幸せを実現できるか。それはやはり、人間の活用の仕方次第なのだろう。

なんて人懐っこく可愛い保護猫なんだろう!

なんて人懐っこく可愛い保護猫なんだろう!

1匹1匹の動物に愛情をもって、しっかり向き合うこと。この基本を、どんなに忙しい中でもいい加減にせず実践し続ける神奈川県動物愛護センター。
「職員の誰もが動物を愛し、動物に癒やされるからこそ進み続けられるんです」。

神奈川県動物愛護センター

「新しくなった神奈川県動物愛護センターにぜひ見学にいらしてください」

左が所長の土肥富有子さん。
「新しくなった神奈川県動物愛護センターにぜひ見学にいらしてください」

神奈川県平塚市土屋401
TEL 0463-58-3411
http://www.pref.kanagawa.jp/docs/v7d/cnt/f80192

神奈川県動物愛護センターは「We Live,TheyLive,Our Kanagawa.きみのハッピーは、ぼくのハッピー」の合言葉のもと、人と動物とが円満に共生できる地域社会の実現を目指している。

文・鈴木美紀 写真・芳澤ルミ子

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