笑いと心地よさを運ぶ名演技
ジム・ジャームッシュ監督の作る映画を見ると、いつも、やわらかい気持ちになる。泡のように消えていく日々の生活の刹那的な幸せに、ありがとうと言いたくなる。『パターソン』もそうで、実にいい映画だった。
マーヴィンを演じているのは、実は元救助犬のメスのネリー。
『パターソン』は犬映画ではない。バスの運転手で、趣味として人知れず詩を作り続ける主人公、パターソン(アダム・ドライバー)の7日間の日常を丹念に描いたものだ。ブルドッグのマーヴィンはパターソンの飼い犬として登場する。だから、登場回数は少ないし、登場シーンは寝起きや散歩などごくごく普通。感動するエピソードも出てこない。それでも一瞬でマーヴィンの虜(とりこ)になってしまうのは、強烈な個性を放っているからだろう。
2016年のカンヌ映画祭では、出品作品の中で最も優秀なパフォーマンスをした犬に与えられる「パルム・ドッグ賞」を受賞
例えば、朝パターソンが起きると、マーヴィンはその様子を目で追いながら低い声でうなったり、眠たそうな目をパチパチしたりするだけ(その気の抜けた様子がかわいくて、毎回思わずニンマリしてしまう)。だけど、パターソンの妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)が起きると、妻の近くでシャキッとおすわりして、ローラの動向を静かに見守る。パターソンとローラがキスするとギャン吠えし、パターソンが近寄ると小馬鹿にしたような目で見つめたり、うなり声を上げたり。そう、セリフがなくとも表情やしぐさ、声色だけで、ローラを愛し、パターソンに嫉妬するキャラクターを見事に演じているのだ。しかも、ジム・ジャームッシュ監督の映像は、どのシーンもポストカードになりそうなくらいスタイリッシュだけれども、そこにマーヴィンが入ることでユーモアが加わり、深みのある絵になっている。
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いっぽう、パターソンの言うことを素直に聞くときもある。夜の散歩はパターソンが担当で、散歩終わりに行きつけのバーでビールを一杯飲むのが日課。その間、マーヴィンはというと、バーの前でリードにつながれるときも、パターソンがいなくなってからも、おすわりやふせをしてじっと静かに待ち続ける。その姿はけなげでとてもかわいい。マーヴィンとパターソンは主従関係ではなく、対等な関係性を築きながら一緒に生きているに違いない。見る人を幸せな気持ちにさせる映画の正体は、こんなところにもあるのかもしれない。
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プロフィール
緑 樹子
フリーランスの編集・ライター。得意な分野は暮らしまわりだが、映画も大好き。気になる映画は映画館で見る派。夫の実家の愛犬、ミニチュア・シュナウザーのバディ(オス・8才)と遊んだり、出かけたりするのが楽しみ。
文=緑 樹子
構成/小松﨑裕夏