【猫びより】【猫と一緒に生き残る防災】“万が一”の時に備えて手をつなごう(辰巳出版)
国や各自治体から推奨されている「ペット同行避難」。実態はどうなのでしょうか? 一昨年10月の台風豪雨の際、多摩川氾濫に直面した東京・世田谷区で同行避難者のために奔走した菊池さんの体験を取材しました。(猫びより 2021年3月号 Vol.116より)
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多摩川があふれそう!
2019年10月12日。菊池ひとみさんが住む東京都世田谷区には、前日の夕方から大雨・強風注意報が出ていた。朝6時半には、洪水・暴風警報に変わった。午後3時台に、多摩川が氾濫の危険ありとする警戒レベル4となる。
猫部屋で、かまってちゃんの「きなこ」と菊池さんのまったりタイム
「どんどん緊迫感が増していました。当時も12匹の保護猫がいましたが、駅近くの6階に住んでいたため、避難の準備はしませんでした。世田谷区はペット同伴OKのはずと思い込んでいましたが、同行避難をした方はどうしているんだろうと、とても気になって、避難所となっている近くの中学校に行ってみたんです」
点滴や薬が必要なマイケル
頭を下げ続けた3時間
向かったのは、瀬田中学校。受付で聞くと「ペットはダメ」との返事に唖然。運営を仕切る区の指揮担当が不在で混乱していた。
そこから約3km離れた尾山台小学校へ回ると、体育館倉庫が同伴避難場所となっていた。まだ外に犬猫同伴者が並んでいるため、倉庫の物を片付けて、スペースを作ろうとしていた。すぐに満員になり、スペース確保を要望する人がいっぱい。隣接する尾山台中学校に避難所開設と決まり、犬猫スペースも作ると聞いて、向かう。
「スタッフらしき人に聞き回っても『わからない』『区としてはペットは禁止』などと言われました。現場は混乱を極めていたのです。情報が入りにくいので、大阪の友人に世田谷情報をLINEで提供してもらい、ずっとTwitterで発信し続けていました。『ねばります。どうか犬猫連れで、すぐに避難してきてください』と」
尾山台小学校の体育館倉庫
(写真提供・菊池ひとみ)
その後、菊池さんは避難所を仕切る町会の人たちに頭を下げて直訴。区としては認められないが、町会がOKならよしということになる。「外の広場も屋根があります。すぐ同行避難してください」と発信し続けた。
尾山台小学校にできた避難者の列には、ペット連れも
(写真提供・菊池ひとみ)
次に回ったのは、体育館に避難所を設置したばかりの玉川小学校。ここでも懸命にペット同行避難者の受け入れを交渉し、入り口近くのスペースをもらう。「余裕あり」と発信し、風雨の中、帰路につくまで3時間が経過していた。
夕方7時近くに「避難指示」発令。夜10時過ぎに氾濫発生情報が流れる。避難指示が解除されたのは、13日の明け方だった。
保護後間もないANA(あな)子は人馴れ練習中
防災意識を反省
菊池さんは、個人で被災地からの保護活動を続けながら、「世田谷ねこ係」という事業をしている。キャットシッターやキャットホテル、訪問介護など、猫を愛する飼い主のために様々なサービスを提供する。
「ですから、防災意識は人一倍しっかり持っているつもりでした。国や都から『ペット同行避難』が推奨されていることで安心もしていました。だけど、実際に立ち会った避難現場は『ペットどころではない』という混乱にあり、対応は避難所ごとにまるでバラバラ。つくづく感じたのは、日頃からの地域の『つながり』と同行避難のルール作りの大切さでした」
明るく、猫たちが思い思いにくつろげる猫部屋
この体験をきっかけに防災士になることを決めた菊池さんのもとに「Twitterを見ました。一緒にペットの防災を考えていきませんか」という連絡が入る。
そして、獣医師や愛玩動物飼養管理士たちと共に2020年5月に立ち上げたのが「ペット防災せたがやネットワーク」だ。LINEで登録すると、獣医師の話、防災の話、世田谷区防災情報をいつでも読むことができる。
世田谷区では、昨年11月に、「ペット同行避難訓練」を実施した公立小学校が、すでにあるという。
リンパ腫で余命告知されている「とんとん」
誰でもできるペット防災
菊池さんは、万が一の時にも安心して同行避難できるよう、仲間たちとあれこれアイディアを出し合って勉強を重ねている。その一つが町内ごとに「ペット班」を作ること。防災意識も含め、猫飼い同士のつながりを作っておくことで、いざというとき、動きやすく、問題を解決しやすい。
玄関ドアに貼られた、緊急時ペット救助のためのステッカー
玉川小学校の防災倉庫には「ペット班ミッションボックス」がある。中には、同行避難場所の設営方法やルールなどがわかりやすく書かれた書類も入っているそうだ。
「まずは、我が町から世田谷区へ。そして、東京23区へ。誰でも始められることとして、やがて日本中に広がっていくことを夢見ています。この先、どこでどんな災害が起きるかわかりません。避難先で『ペットはダメ』と断られての悲劇がなくなりますように。だって、いのちであり、家族なんですから」
陽だまりで、おおあくびの「たらこ」
点から、円へ
菊池さん自身、福島第一原発近くの避難区域で保護した12匹の猫をいかなる状況でも守るべく、万が一のときの防災をしっかり意識して暮らしている。
運搬ケージは折り畳みやリュック型など、頭数分は十分にある
もしもの時の捕獲用たも網も大中小と用意
一気に運べる頭数ではないので、避難場所まで何往復もしなければならないが、頭数分以上の折り畳みケージやキャリーバッグ・リュックを用意。保護猫たちは、まだ人馴れしていない子もいるし、点滴や毎日の薬が必要な子もいる。その子たちのための医薬品やペットシートなどは2週間分くらいは余分に常備しているという。
「どんな時も小さないのちを守り抜く。けっして置いていかない。一人ひとりの強い意志が、点から大きな円となり、防災・減災につながっていくのだと思います」
菊池さんは、言葉に力を込めた。
クローゼットの棚には、水やペットシーツなどを常備
ペット防災せたがやネットワーク
https://petbousai.wixsite.com/setagayapetbousai
文・写真 佐竹茉莉子