【特集:7歳から知って・そなえる、猫の認知症】連載vol.1 猫の認知症を正しく知ろう!

【特集:7歳から知って・そなえる、猫の認知症】連載vol.1 猫の認知症を正しく知ろう!

猫にも認知症があることをご存知ですか?猫の寿命が年々伸びている一方で、高齢の猫に起きやすい病気が目立つようになりました。そのひとつが認知症です。しかし、猫の認知症についてあまり知られていません。今回「吾輩は認知症ねこである」の著者 林ユミさんと、獣医師で認知症の専門医 小澤真希子先生をお迎えし、お話を伺います。

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猫も認知症になる

15歳以上の猫の50%に認知症の兆候が見られる

― 人や犬が認知症になるということは知られていますが、なぜ猫の認知症はあまり知られていないのでしょうか?

小澤先生:まず、どれくらいの猫が認知症になるのか、正確なことが分かっていないというのが現状です。ただ、ある研究報告によると8歳以上の猫の13%に、15歳以上の猫の50%に、認知症の兆候が見られると言われています。猫の認知症があまり知られていないのかについては、ひとつは ‟気づきにくい“ からだと思います。認知症になると「鳴く」という症状がもっとも見られるようになるのですが、ただ鳴くことが増えたくらいでは気づきにくいですよね。

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獣医師/認知症の専門医 小澤真希子先生

林さん:おやつが欲しいのかな?くらいに思っちゃいますね

小澤先生:そのくらいに思いますよね。それに、鳴くことが増えたり、鳴き声が大きくなったりしても、犬のように近隣トラブルには発展することは少ないので、問題になりにくいというのはありますね。だから飼い主さんも猫の鳴き声がそこまで気にならないのではないでしょうか。
それと獣医師にとって認知症の診断は難しいと思います。認知症の症状が目立ちだしたのは、猫の寿命が伸びてからなので、ここ10~20年ほどの話です。それよりも以前から獣医師をされている先生の場合、その先生が獣医学を学んでいたころには認知症は問題にされていなかったと思います。現在でも認知症のカリキュラムはほんの少ししかありません。

林さん:ボンのかかりつけの獣医師さんは、詳しい先生に相談をしてくれていましたね。

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「吾輩は認知症ねこである」著者 林ユミさん

認知症ってどういうもの?

ある日突然、猫のボンが回り始めた

― 林さんの愛猫・ボンちゃんも認知症を発症したということですが、発症前から猫の認知症についてご存じでしたか?

林さん:猫にも認知症があるということは友人を通じて知っていました。友人の飼っている猫ちゃんが20歳を過ぎていたのですが、夜になるとぐるぐる回り続けるということと、排泄の失敗について聞いていました。でも、猫の認知症を自分事としては捉えていなかったです。根拠はないですが、うちは大丈夫でしょと思っていました。

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林さんの愛猫・ボンちゃん

― ボンちゃんにはどのような症状が見られましたか?

林さん:ボンの場合は、19歳の時に半径1m位をぐるぐる回りだしました。

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「吾輩は認知症ねこである(林ユミ/小学館)」より

林さん:疑う余地がない異変でしたので、すぐにかかりつけの動物病院で診察してもらいました。そのあとに部屋の壁沿いを歩き続けるという行動が始まったんです。獣医師の先生は、ほかの病気の可能性がないかも見てくれたのですが、歩き回るという症状が続いたことやボンの年齢から認知症の症状のひとつだろうね、と診断されました。

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「吾輩は認知症ねこである(林ユミ/小学館)」より

小澤先生:ただ歩き回るというだけであれば、いつもよりたくさん歩いていると思うだけで、見過ごしてしまう飼い主さんも多いと思います。例えば、歩きまわったり、排泄の失敗があったりと症状が重なると、これは以前と違うと感じると思います。ボンちゃんのようにぐるぐる回りだすというのは、劇的な症状の現れ方だと思います。典型的なのはもっと緩やかな変化ですので、飼い主さんでも気づきにくいんですよ。

原因は加齢によるもの

小澤先生:猫が高齢になるほど、認知症の発症率は高くなります。そのため、猫に少しの変化が見られても、高齢だから俊敏さがなくなった、遊ばなくなったと飼い主さんは考えますよね。本当に些細な変化に気づいてあげることが大切です。

林さん:実はぐるぐる回りだすよりも前に、夜に鳴いてまわる時期がありました。それとボンの表情が曇りがちに感じましたし、加齢による関節炎なのか、その境目は分かりませんが、今思うとボンにも緩やかな変化はあったと思います。

小澤先生:猫が高齢になると発症しやすい病気のひとつとして認知症があります。腎臓・心臓の病気、癌などにならず長く生きると最終的には認知症になる可能性が高いです。認知症は老化が原因だと考えられており、長く生きたら避けられない病気だと思います。

もし、認知症になってしまったら?

認知症でいちばんつらいのは、猫自身

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「吾輩は認知症ねこである(林ユミ/小学館)」より

林さん:ボンは食べないという時期もありましたので、シリンジで食べさせることもありました。これは認知症のせいか分かりませんが、ドライフードしか食べない子だったのに、これまで口にしなかったものも口にするようになりました。

小澤先生:ボンちゃんの心理までは分かりませんが、明らかに正常な猫の行動とは逸脱すると思います。ドライフードしか食べない子は、ずっとドライフードしか食べないことが多いです。食の好みが崩れてしまうのは、おかしな行動と言えると思います。猫は習慣を崩したくないという動物なんです。

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林さん:考えてみたら、私が帰宅した時に出迎えをしてくれていたのに、それもしなくなりましたね。面倒くさいのかなとか高齢になったからかなと思っていました。
認知症と診断された時はすごく不安でした。でも、できないことに対して、見ているこっちが不安だから「なんでできないの?前はできていたのに?」となってしまうと本人がいちばんつらいですよね。ボンが自分は今まで通り、今まで以上に受け入れられている存在なんだということを伝えていけるように気持ちを切り替えましたね。
他にも、認知症の症状によって危険な思いをすることがあるかもしれないけれど、いますぐ死に至る病ではないと気持ちを切り替えました。

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小澤先生:とても良い感じで切り替えができたんじゃないかなと思いますよ。あとは、飼い主さんはよく「私が今やっていることは、この子のためになっているのか」と不安に思うんですよね。認知症になると表情が乏しく、喜んでいるか分かりにくくなるので。そうすると介護をがんばることが難しくなってしまうと思います。おうちの猫が嫌だと思った時には鳴きますので、それは嫌だという感情を持っているということです。そしたらその反対の良いなと思う感情もあるということなんです。

猫が安心して暮らせる環境を整える

― ボンちゃんに食事の変化も見られましたが、他にも行動の変化はありましたか?

林さん:たくさん色々なことがありました。カーペットの上で排泄することもありましたし、猫用ステップを下る時は体のバランスがとれなくて、落ちるように下りてくるので怖かったですね。他にも、頭を隙間に突っ込んでいる時もありました。

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「吾輩は認知症ねこである(林ユミ/小学館)」より

林さん:そんなところ隙間じゃないよねという所にも頭から突っ込んでいて、体が半分出ているような状態を見た時はショックでした。鳴き声もあげずに静かだから、どこにいるのか分からなくて家中を探しました。

小澤先生:見つけてあげられないと、そのまま熱中症または寒さなどで倒れてしまうこともありますからね。

林さん:もし、ベランダに出るようなことがあれば、そのまま落下するなんてこともあるかもしれないので、怖い症状だと思います。とにかく、部屋の中の危険な所や隙間をふさぎました。

小澤先生:認知症は自立した生活ができなくなる病気と言えます。床が滑るのであれば、滑らない工夫が必要ですし、トイレ以外の場所で粗相をするため、トイレの形状や数を変えても改善が見られない時は、おむつを履かせて管理したほうが良いです。認知症というのはどんどん赤ちゃんになっていくようなものですので、食事も排泄も寝かしつけもお世話をしてあげる必要があります。

林さん:行動の変化が出てきた時に、例えばトイレを工夫しても「これ便利!」と猫はすぐに対応はしてくれないので、そもそも初めから入りやすいトイレを使っていれば行動に変化が起きても困らないかも!と思いました。砂が飛び散らない、掃除がしやすいというのは飼い主側が便利なんですけどね。

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「吾輩は認知症ねこである(林ユミ/小学館)」より

別の病気を治療すること

― 生活環境を整えたり、飼い主さんが接し方を変えたりすることで、認知症の症状は改善しますか?

小澤先生:例えばトイレで排泄ができなくなった猫が、トイレ環境を整えたらトイレで排泄できるようになるということはあります。でも、元のトイレに戻したらできないと思います。一度落ちた能力が戻るということはあまり期待できないです。

あとは、他の病気を治療すると良くなるということはあります。例えば痛みがある場合に、認知症の猫はその痛みへの対処が難しくなるので、ちょっと痛いだけでも大きな声で鳴いたりします。関節炎などの痛みを緩和してあげることで、大きな声で鳴くといった症状を穏やかにできると思います。あとは、認知症じゃないけれど、認知症っぽい症状が見られる病気というものがあります。例えば、甲状腺機能低下症や腎臓病で高血圧を伴う場合に、夜間落ち着かない様子を見せたりします。このあたりが認知症に間違われる病気ですね。

林さん:治る病気なのに、認知症だと思って放っておいて症状を悪化させる場合もありますか?

小澤先生:そうですね、認知症だから治療はできないと判断して、病院に連れて行かないとこういった病気が悪化してしまいます。

認知症を知っていたら...もっと早く気づいていたら…

後悔は残る...でも後悔を少なくするために今できることを

― 愛猫が認知症になった場合、気持ちを切り替えることも大切というお話もありました。それでも多くの飼い主さんは、あの時こうしておけば良かったと考えてしまうと思うのですか?

林さん:ある一定の年齢になると、猫じゃらしなどのオモチャへの反応が薄くなってきて、しだいに遊ばせる時間が減っていったんですけれど、3分でも5分でも良いから、続けていればよかったと考えましたね。あと認知症と診断される何カ月か前に、すごく鳴いて訴えかけてきている時期がありました。でもちょっと待ってねと結局待たせるだけで終わったこともありました。今考えると、あの時不安を感じていたのかなと思うと、本当に短い時間であっても抱き上げてあげれば良かったなと後悔しました。

小澤先生:本当に後悔は尽きないですよね。日常の些細なことが悔やまれますよね。最期はどうしてもこうやって逝かせてあげれば幸せだったのに、それができなかったと思いがちなのですが、それまでに積み重ねた年月が猫にとっても、飼い主さんにとっても大切なんですよ。

― 猫の認知症の症状や行動について、たくさん教えていただきありがとうございました。次回は、猫の認知症にどうしたら気づけるのか、認知症を防ぐためにできることについてお話を聞かせてください!

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「吾輩は認知症ねこである(林ユミ/小学館)」より

お話を伺ったのは

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イラストレーター 林ユミさん
自身の経験から「吾輩は認知症ねこである」を出版。あたたかくやさしいイラストで、児童書を中心に活躍。イラストを手がけた本は「よのなかのルールブック」(日本図書センター)、「赤ちゃんはどこからくるの?」(幻想者)など多数。

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行動診療の専門医(問題行動治療・犬と猫の認知症)小澤真希子先生
東京大学卒業後、同大大学院修了。獣医学博士。獣医行動診療科認定医。東京と神奈川の動物病院などで、老齢動物の認知機能不全(認知症)の治療や行動診療(問題行動カウンセリング)を担当している。

関連書籍 吾輩は認知症ねこである

「吾輩は認知症ねこである」(林ユミ/小学館)

「吾輩は認知症ねこである」(林ユミ/小学館)

林ユミ(イラストレーター)、小澤真希子(獣医行動診療科認定医)ともに暮らす愛猫・ボンが認知症になった人気イラストレーター・林ユミさん。ボンとの不安で愛しい日々を、やさしい視点とあたたかな筆致で描いたコミックエッセイ。本書の最後には、心をゆさぶられる体験が待っています。

次回予告:連載vol.2 認知症を防ぐには?

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