アットホームな一軒家の猫の不妊手術専門病院
「Happy Tabby Clinic(ハッピータビークリニック)」(大阪府八尾市)は、猫の不妊手術専門の動物病院。近鉄大阪線「恩智駅」から車で7~8分、街中を流れる恩智川を越えた住宅地にあり、さくらねこ(耳先をV字にカットされた猫)のイラストが描かれた黒板が目印だ。
病院の入り口は二つあり、左側が手術室直結で、右側は保護猫とのふれあいスペース「Happy Tabby Room(ハッピータビールーム)」につながっている。おじゃましたとき、院長の橋本恵莉子先生は手術の真っ最中で、スタッフさんに案内され、2階のハッピータビールームへ。
橋本恵莉子先生と「マシュー」(推定10歳♂)。先生は2人のお子さんを持つママさん獣医さんでもある
衛生管理のため決められたところでしっかり手を洗い、アルコールで手指と足裏を消毒してフロアに入ると、半身不随の黒猫「こじやま室長」(推定4歳♂)が迎えてくれた。お気に入りのベッドでくつろぎながら、ニヤリと笑ったような貫禄のある表情は、さすがに「室長」と呼ばれるだけある。
「私がHappy Tabby Roomを仕切っている『こじやま室長』です。朝晩、恵莉子先生におしっこを絞ってもらいます」
キッチンにいる老紳士は「マスター」(推定12歳♂)で、わけあって飼えなくなった老夫婦の家からここにやってきた。ほかにも歌舞伎役者のような顔立ちの「あさひ」(推定1歳♂)や、クリアな三毛柄が自慢の「ぶちこ」(推定4歳♀)など、総勢10匹の保護猫たちがお互いの存在を受け入れながらのんびり暮らしている。
ハンサムボーイの「あさひ」
病院の建物は、もとは橋本先生の実家で、引っ越しを機に病院として利用することになった。ガレージを改装して作った手術室以外はふつうのお家なので、なんともアットホームな雰囲気だ。
ハッピータビールームは毎週土曜日の13時に一般開放され、「自宅の庭に遊びに来る猫に不妊手術を受けさせたいが、どうしたらいいか?」「捕獲器の仕掛け方は?」「保護猫を飼いたいので、猫を見せてもらいたい」といった地域の人たちの様々な相談に、ベテランスタッフが対応している。
不妊手術の無料化を目指し一般社団法人を設立
橋本先生がハッピータビークリニックを開院したのは、2018年のこと。
「大学時代は臨床医に憧れていましたが、在学中、子猫を保護したことから外猫を取り巻く様々な問題を知り、この問題に関する情報を調べたり、実際に保護猫シェルターを見学に行ったこともありました。卒業後は一般診療の道に進みましたが、数多くの保護猫の診療に関わるうちに不妊手術をメインに行うようになり、その流れでここを始めることになりました」。
「あたしが『ぶちこ』。三毛柄がきれいでしょ?」
橋本先生が目指すのは、「人も猫も笑顔で共生する社会」。そのために欠かせないのが「TNR活動」で、これは外猫を捕獲して不妊手術を行い、元の場所に戻し、一代限りの猫生を地域で見守る活動だ。
麻酔をかけて手術。そのあとワクチン接種など必要な処置を行う
こうして開院したハッピータビークリニックには、地域で暮らす外猫、家の中で繁殖を繰り返していた飼い猫、里親が決まり譲渡される予定の猫など、様々な事情の猫がボランティアさんや一般の人の手で運ばれてくる。そうした日々の中、橋本先生は、TNR活動にはいくつもの根本的な問題があることに気付いた。その一つが「費用の問題」だ。
「まい」(推定2歳♀)はトライアルが決まった
一般の動物病院に比べ安価な手術費用とはいえ有料であるため、本格的にTNR活動に取り組もうとしても、「誰が(どこが)費用を負担するのか」という課題がのしかかり、結局、見ていられなくなったボランティアさんが費用を負担する、ということも珍しくない。
ボーイスカウトの教室で「命の教室」の講演をする橋本先生
また、あちこちに外猫問題に意識の低い地域があることも、TNR活動の大きな壁になっている。
「例えば、外猫が多い地域の町内会の役員に不妊手術の大切さをお話しして理解を得たとしても、『次年度の町内会費の予算が出てから』ということになると、それを待っている間に猫はどんどん繁殖し、増えてしまいます。そうなると当初予定していた費用の何十倍もかかり、結局は計画倒れということになってしまいます」
ちょろまつ(推定7ヶ月♂)もトライアルが決定!
こうした問題を解決しなければ、TNR活動は実を結ばない――。そう身をもって感じた橋本先生は、不妊手術を無料で実施することを考え、2019年11月、「一般社団法人Happy Tabby」を立ち上げた。これは個人や企業からの寄付や商品販売などの収益をTNR活動の資金にあて、個人的な手術費用の負担をなくすことで不妊手術のハードルを下げ、スムーズにTNR活動を進めることが目的だ。
老夫婦に飼われていた「マスター」(推定12歳♂)はアメショとアビシニアンのMIX
まもなくハッピータビーの活動に賛同した企業が名乗りをあげ、その第一号が日本誠食株式会社による「有終完美シリーズ」(焼酎・ワイン)の販売。これは有終完美シリーズの売り上げの一部がハッピータビーに寄付される仕組みで、ワインや焼酎を購入した人は、おいしく飲んで猫助けができるという、なんとも画期的な試みだ。
ぽてぽてしているから「ぽてまる」(推定1歳♂)
同時に橋本先生は“外猫ゼロ”を目標とした啓発活動にも力を入れ、クラウドファンディングで支援を募り、自らがイラストを描いた絵本『お母さんのらねこのおはなし』を制作。受け入れてくれる小中学校に寄贈するほか、随時、幼稚園や保育園、小学校、ボーイスカウトなどで「命の教室」を開催するなど、精力的に活動を続けている。
『お母さんのらねこのおはなし』
原作:碓井朝美 作画:橋本恵莉子
https://happytabby.theshop.jp/items/22616054
人も猫も笑顔で共生する社会のために
「子供たちに向けて、驚異的な猫の繁殖力、本来、野生動物ではない猫たちは、日々苦労をしながら外で生きていること、いくら不妊手術を進めても、猫を捨てる人がいる限り、空腹、寒さ、虐待などでつらい思いをする猫は減らないこと、そもそも猫を捨てること自体が間違っていること、などをお話しします。大人への啓発もさることながら、未来を担う子供たちへの教育は、『人も猫も笑顔で共生する社会』への道しるべになります。
Happy Tabby Roomにて病院スタッフと。後列左は「有終完美」を考案した日本誠食の山田さん
また、こうした活動の推進には、ボランティアさん、行政や地域の方々、獣医師の協力、どの一つが欠けても成り立ちません。今後も皆で協力しながら、試行錯誤を繰り返し、猫も人も幸せな社会を目指して、一歩一歩、進んでいきたいと思います」
Happy Tabby Clinic
大阪府八尾市神宮寺4-105
TEL 0729-70-5917
休診日:水・日曜、祝日
http://happy-tabby.pepper.jp
※不妊手術は前日までに電話かメールで要予約。
詳しくはHPをご覧ください
一般社団法人 Happy Tabby
https://happy-tabby-association.themedia.jp/
Hashimoto Eriko
1982年大阪府生まれ。大阪府立大学農学部獣医学科卒業後、大阪市内の動物病院と夜間動物病院に勤務。天美動物診療所にて猫の不妊手術を担当。2018年7月猫の不妊手術専門の「Happy Tabby Clinic」を開院。年間2500頭以上のペースで手術を行いながら、様々な啓発活動を行う。2019年11月野良猫の不妊手術の無料化を目指し、一般社団法人Happy Tabby 設立。
取材・文 西宮三代
写真 平山法行