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【DOG's TALE③】ひと< いぬ 建築家の理想と現実の狭間で 第3回

【DOG's TALE③】ひと< いぬ 建築家の理想と現実の狭間で 第3回

文=筒井紀博 (MY♡DOG Summer 2020 Vol.3より)

  • サムネイル: MY♡DOG編集部
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愛犬「タロ」の墓

仕事の効率が落ちる夏。この時期に休暇を取り、墓参りをされる方も多いのではないだろうか。墓参りでいつも思うのは、似たような形状の墓石が色違いで並び、どうも凛(りん)としない。そもそも墓石はかなり高価なものであるにもかかわらず、何故(なぜ)あのような形状になってしまうのか。

おそらく故人との慌ただしい別れの中で、あれよあれよと言う間に数少ない選択肢の中から決められてゆくからであろう。このなし崩し的な慣習に囚(とら)われたくないので、僕自身の最期の作品は自分の墓石と決めている。

この墓石、過去に一度だけデザインをしたことがある。それは愛犬「タロ」の墓だ。ずっとペットロスに苦しみ、いつまでも家の中に骨壷(こつつぼ)を置いて、墓を作ってあげられなかった。ただ、タロが他界して10年、ようやく墓を用意したのである。

タロとの思い出を振り返り、いくつものスケッチを繰り返し描いた。やがてモダンなデザインの一つの案に絞ったのだが、どうも釈然としない。タロと過ごした日々を思い返すと、彼の匂い、姿、声、そして触れた温もりが鮮明に蘇(よみがえ)る。思わず撫(な)でてあげたくなるような……そう、それだ。人の持つ五感のうち、視覚だけではなく触覚も刺激する墓にしよう。

モダンではなく、もっとプリミティブな手に触れやすいデザイン、無骨でも手作りがよいのではないか、という結論に達した。素材はタロが生まれた山梨を産地とする甲州鞍馬石(こうしゅうくらまいし)。タロは赤色の柴犬なのだが、この甲州鞍馬石も鉄錆色(てつさびいろ)の石で、柴犬のそれと似ている。

早速、採石場に赴き、墓石にちょうどよいサイズのものを見つけた。昔ながらの建築の束石(つかいし)に使われるものだ。これを持ち帰り、削ろうとしたのだが、非常に硬い石であり、なかなか作業が進まない。

何時間も抱きかかえながら彫り続ける。様々な思い出がここでも蘇り、何度も涙が溢(あふ)れてきたが、それでもひたすら彫った。この数時間に及ぶ作業のおかげか、ペットロスの悲しみも和らぎ、ようやくタロの死を受け入れることができたように思う。

愛犬「タロ」の墓

愛犬「タロ」の墓

やがて完成した墓は、リビングを見渡すことのできる庭の片隅に置かれた。そこで目を瞑(つむ)り、そっと触れると、そこにはいつでもタロがいる……。

愛犬との別れはいずれ皆が経験しなくてはならないもの。ただ、そこには多くのかけがえのない思い出がある。その思い出を自然と呼び覚ましてくれるような、五感に訴えかける墓、これによって人は心の奥底にある小さな温もりを忘れず、人生の宝とすることができるのではないだろうか。

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筒井紀博(きはく)
一級建築士。1972年生まれ。日本大学理工学部海洋建築工学科卒業後、石井和紘建築研究所などを経て筒井紀博空間工房を設立。住宅、オフィス、宿泊施設など活躍の幅は広い。「愛犬のための家」も数多く手がけ、モットーは愛犬第一主義。かつ時間とともに味わいが深まる美しい家

筒井紀博空間工房
http://ktts.jp/

構成/鈴木珠美

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