フレデリック・ショパン(作曲家)の『子犬のワルツ』
“犬にまつわるクラシックの名曲”の中で最も有名な作品といえば、フレデリック・ショパン(1810〜1849)の『子犬のワルツ』だ。「ワルツ第6番変ニ長調作品64-1」という正式名称を持つこの作品は、ピアノ学習者が最初に親しむショパン作品という意味でも意義深い。遺された作品のほとんどがピアノのための音楽であることから“ピアノの詩人”と呼ばれるショパン。その扉を開く作品が『子犬のワルツ』なのだから、われわれ愛犬家にとって誇らしいことこのうえなし。ちなみに、「ワルツ第4番ヘ長調作品34-3“華麗なる円舞曲”」が『猫のワルツ』と呼ばれることもあるようだが、こちらはそれほど浸透していないことにもニンマリだ(笑)。
「いたずらっぽく弾くことがポイント」と教えられるこの曲の中間部は、サンドが子犬を愛撫している情景だとも言われている
この愛らしい曲が『子犬のワルツ』と呼ばれるようになった理由は、愛人ジョルジュ・サンドが飼っていた子犬が、自分のしっぽを追いかけてぐるぐる回る様子を音楽で描いたためだと伝えられている。ところで当のショパンは犬に対してどのような思いを抱(いだ)いていたのだろう。そう思って調べてみると、犬好きな様子が窺(うかが)える手紙がちゃんと遺されている。
出典 (『ショパンの手紙』(白水社)より要約)今日は輝くような陽光で、みんな散歩にでかけています。私はその気になれなかったので、子犬のマルキーズといっしょに部屋に残ってソファに寝そべっています。この子は柔らかいふわふわした白い毛を持つ素晴らしい子犬で、サンド夫人が毎日自分でブラッシングしています。彼の特技を全部話すことはできませんが、とても賢いのです。例えばメッキした器からは決して食べようとしません。それどころか鼻で押して器をひっくり返してしまうのです。
これは、フランスのノアンにあるサンドの別荘に滞在していたショパンが1846年10月11日にワルシャワの家族に宛てた手紙の一節だ。『子犬のワルツ』が作曲されたのは1847年とされるので、まさにこの子犬の様子を描いた作品なのだろう。ショパンのやさしい眼差(まなざ)しが目に浮かぶようだ。
フランス人の父とポーランド人の母を持つショパンはパリに葬られたが、遺言によって心臓のみワルシャワの聖十字架教会に収められている
名曲だけに数多くの録音が存在するが、個人的には、ディヌ・リパッティが遺した『ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル』と、スタニスラフ・ブーニンの『ミラノ・スカラ座のブーニン』を愛聴している。その短さから“瞬間のワルツ”とも呼ばれる『子犬のワルツ』には、天才たちの一瞬の煌(きら)めきがよく似合う。
プロフィール
田中 泰
日本クラシックソムリエ協会の代表理事。J-WAVE『モーニングクラシック』での名曲紹介や『JAL 機内クラシック・チャンネル』の構成などを通じてクラシックの普及に努める。愛犬はアメリカン・コッカー・スパニエルのラルゴ(メス・12才)と、盲導犬候補生からのキャリアチェンジ犬、ラブラドール・レトリーバーのアロハ(メス・2才)
構成/小松﨑裕夏
撮影/秋馬ユタカ
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